January 15,2008

吉本ばなな

http://travel-mujic-2.269g.net/article/2995842.html
http://www.geocities.jp/yoshihiromizuo/dokusho1_shousetsu.html

私なんか、この世にいてもたいしたスペースはとっていない、そういうふうにいつでも思っていた。人間はいつ消えても、みんなやがてそれに慣れていく。それは本当だ。
 でも、私のいなくなった光景を、その中で暮らしていく愛する人々を想像すると、どうしても涙が出た。

あの日、あの時間を箱に詰めて、一生の宝物にできるくらいに。その時の設定や状況とは全く関係なく、無慈悲なくらいに無関係に、幸せというものは急に訪れる。どんな状況にあろうと、誰といようと。
ただ予測することだけが、できないのだ。・・・・
奇跡は誰にでも平等にに、いつでも待っている。
私はそのことだけを、知らなかったのだ。』

「だったら鍋が食べたいけど、ひとりで家で食べてもつまらないから、せっちゃん、一緒に食べない?」
私は、単に「バイトの時いろいろかばってもらったから、お礼にバイト料で何かごちそうするよ。」と言っただけだった。
そして岩倉くんから帰ってきた返事はそれだったのだ。
一人暮らしの男の子にそう誘われた場合、どう受け取るべきかと私は迷った。
でも、彼のことだから、きっとそれは額面どおりの意味なんだろうなあ、それに、アパートも近いらしいし、と私は思った。
とにかく彼はさっぱりした顔で何の気なしにそう言っていたし、私の胸も少しもときめかなかった。
彼には不思議な、まるで真冬の曇った空のような中途半端な明るさと暗さがあり、なんとなくそれが私に、彼を好きになることをしり込みさせていた。
若い恋にはとても大切な、走り出したくなるような勢い、高揚感、それが全く感じられそうになかったからだ。
「じゃあ、作りに行こうか?」
と私は言い、淡々と日程が決まった。
私たちが通っている大学の、キャンパスに一本だけ生えている大きなけやきの木の下の、ベンチのところでだった。
私にはほとんど友達がいなかったし、その数少ない友達もバイトにせいを出して、あまり学校に来なかった。
それは私立のバカ大学によくありがちな状況だった。
なのでお互いにひとりで行動していることが多い岩倉くんと私は、自然に親しくなっていた。
彼とは、近所のパブみたいなところで私が友達の代わりにちょっとだけバイトをしていた時に知り合った。
彼はそこでバーテンのバイトをしていたのだった。
それからは大学で顔を合わせるたびに、ちょっとお昼を食べたり、しゃべったりする感じになった。
彼はこの町ではかなり有名なロールケーキの店の一人息子で、あとを継ぎたくないがためにものすごくがんばってきりつめてお金をためているという話だったが、彼の生活は実際にそういう感じだった。
大学時代にお金をため、自分で進路を決めないといやおうなくロールケーキを焼き続ける人生が待っている、そういうせっぱつまった感じがあ
った。
進路が決まっているもの特有のつらさが彼のバイト人生からはにじみでていた。
「いいじゃない、ロールケーキ、最古同じゃない。」
ロールケーキに目がない私は、そう言った。
「別にいやではないんだけれど、うちの母親は、ものすごいよくできたお母さんなんだよね。明るくて、感じがよくて、働き者で。」
岩倉くんは言った。確かに近隣の町で、岩倉くんのお母さんの明るさとか気の利きかたとかは有名だった。
あの感じのいい接客にうたれてついあそこで買ってしまう、という話もよく聞いた。
「僕……僕は本当に気のいい人間だと思うんだ。」
「知ってるよ。」
彼の気の優しさ、育ちのよさはいっしょに町を歩いているだけでよくわかった。
たとえば公園を歩くと、風に木がざわざわ揺れて、光も揺れる。
そうすると彼は目を細めて、「いいなあ」という顔をする。

光の中で、天まで届くかのような広がりで、ふたりを包んだままで時間が永遠になった。・・・・
その時、ふたりの間にはもちろん性欲なんてかけらも無かった。
光が降り注ぐその窓際の席で、紅茶を飲みながら、何かぽわんとした、暖かい黄色い光がふたりを包んでいた。そして、これこそが欲しかったもので、乾いている心に「これだ、これが足りなかったんだ」と思わせる光だった。・・・・
内側の光と、外のきれいで透明な光と、ふたりの間に灯っている光が全てひとつになって、未来を照らしていた。』


この世の中は何も変わらず、こんな風に流れていっていただろう。
(家族は)泣き暮らして老け込んでしまうかもしれない。何日も身を粉にして
、泣きながら私の遺品を、丁寧に整理してくれるだろう。一枚ずつ洋服をたたみ
、アクセサリーを磨き、食器をダンボールに入れて、私の好きなその細やかな
心配りで、整えてくれるだろう。まるで私を慈しむように。

そして(旦那サマは)、ふたりで借りた部屋でたったひとり。
たったひとりで、ごはんを食べて、たったひとりでふたりのベッドに眠り、
いつも通りの生活をするだろう。そう思うと、涙が出てきた。
いつか私よりもずうっと若くて可愛い女の人と一緒になって、それまでの
毎日から私は消える。お葬式も終わって、ひとりでふたりの部屋に帰っていく
、黒い喪服の背中が寂しい(旦那サマ)。

私なんか、この世にいてもたいしたスペースはとってない。
そういうふうにいつでも思っていた。人間はいつ消えても、みんなやがてそれに
慣れていく。それは本当だ。
でも、私のいなくなった光景を、その中で暮らしていく愛する人々を
想像すると、どうしても涙が出た。私の形をくりぬいただけの世の中なのに、
どうしてだかうんと寂しく見える

ふと「虐待された子どもは、自分の体の痛みと心を切り離すことができる」と本に書いてあったのを思いだした。
自分で自分がだるいことがわからなかったり、肝臓がまだ本調子ではないのだから仕方ないのに ちょっとそのだるさに罪悪感をおぼえたりしているのは、そういうのだろうか、なんて考えついて、急に心がしんとしてしまった。』

まことくんはしばらく考え込んで、こういった。
「ううん、僕、中にある明るさが、外に映っているから明るくてあったかく感じるんじゃないかと思うんだ。だって、電気がついていても淋しいことって、たくさんあるもの。」』


そして、お母さんが死んだとき、最高に孤独な夜の闇の中でさえ、ともちゃんは何かに抱かれていた。ベルベットのような夜の輝き、柔らかく吹いていく風の感触、星のまたたき、虫の声、そういったものに。
ともちゃんは、深いところでそれを知ったら。だから、ともちゃんはいつでも、ひとりぼっちではなかった


これまで書いた自分の作品の中でいちばん好きです。
これが書けたので小説家になってよかったと思いました。

どうして自分は今、自分の一番苦手でつらいことを書いているのだろう?と思わせられながら書いたものです。

多分、出産をひかえて、過去のつらかったことを全部あわてて清算しようとしたのではないか?と思われる
(人ごとのように分析すると)。

だから、なにひとつ自分の身に起きたことなんか書いていないのに、なぜか、これまで書いたものの中でいちばん私小説的な小説ばかりです。


人と人とのベタッとしないそっと寄り添うような関係、
そして淡々とした生とそのすぐ隣にヒョイと跨げばある死のこと

「デットエンド 袋小路 行き止まり」 でも世の中本当のデッドエンドは もう終わりだという思いに支配されていて そこが始まりだという 真実が見えないだけなのかもしれませんね。
恋愛のまっただ 中にいるときには、気づくことのなかった微妙な感情、言葉にすると壊れそうで 言い出せなかったもどかしい思い


そんな手にひっかかる男の人は、これからもひっかかり続けるから、別れてよかったと思う。」
 この年頃の男の子にしては適切な意見に、私は「ほう」と思ったものだった。
 そして実を言うと、後々までその言葉はつらい恋に傷ついた私を励まし続けた。(P30)

 ちょうどよく湿って、締まっているところに、ちょうどよく硬くてぬるっとしたものが入ってくるのだから、これ以上の組合せは他にあるまいと思われたのだった。この他にはない組合せの妙を、このちょうど良さを確かめるためにこの行為はあるんだ、と私は思った。どこも痛くなく、どこも当たらず、お互いがいい思いをして、いつまでも続けたいと思うところで終わってしまうから、またしてしまう、そういう仕組みなんだ。それがわかった瞬間だった。(P41)

 私は羽布団の心地よさにすっぽりとくるまれ、自分の体温に酔うようなうっとりとした気持ちで、(P42)

 目も前みたいにぼうっと優しい感じではなく、孤独と自立を知っている大人の鋭い目になっていた。
 ああ、こういうふうになりたかったけれど、こうなれる機会が日本にいたらいつまでもないから、彼は出るしかなかったのか、と私は目で見て納得した。彼の言い方では彼がどうなりたいのか皆目わからなかったのだ。(P54)

「それって受け継ぐことができるのかなあ。」
「厳密に味を見ていけば、できるかもしれないなあ。おやじはまさに職人だから、焼きあがったときに触ると熱くはないけどジュッとする感じがするだとか、まぜるときの様子は毎日違うけど、その判断は気候でも温度でもない、もはや言葉にできないとかって言うんだよ。それにサラダ油なんかを、実に絶妙な量とタイミングで混ぜるんだよね。そういうおやじの態度を今までは本場で勉強したことのない人間の屁理屈かと思っていたけれど、向こうで、結局学校に行っている間よりもそれぞれの現場で、その店だけのやり方を学ぶほうがよっぽど参考になったのと同じことなような気がして。もしかしてあの味を残すことが僕のしたいことなのかもしれない。僕は僕で別の視点からあのやり方を見て、ちゃんとつかみたいな。(P56)

 ふたりの関係のベースにはいつでもあの時の感じがあるのだろう。
 そして私たちもいつかあの夫婦のように、ほとんど痕跡を残さずに消えていくのだろう。
 それは一見単純な人生だが、実は七つの海を冒険するのに匹敵する巨大な流れに属する何かなのだった。(P65)

 ものごとを深いところまで見ようということと、ものごとを自分なりの解釈でみようとするのは全然違う。自分の解釈とか、嫌悪感とか、感想とか、いろんなことがどんどんわいてくるけれど、それをなるべくとどめないようにして、どんどん深くに入っていく。
 そうするといつしか最後の景色にたどりつく。もうどうやっても動かない、そのできごとの最後の景色だ。
 そこまで行くと、もう空気が静かになり、全てが透明になり、なんだかこころもとない気持ちになってくる。でも感想は案外浮かんでこない。
 すごくひとりだということを感じるだけだけれど、どこかでいつか誰かがやっぱり同じ気持ちでこの景色を見たのだということだけはわかるので、なんとなくひとりではないという気持ちにもなる。
 でも、それがいいことかどうかは全然わからない。ただ見るだけだ。そして感じるだけ。(P137,138)

 それと同じように、私はずうっと明かりについて考えていたことがある。
 ひまだから、同じことをずっと考えて、ずっと疑問に思ったりしているのだった。日本ではそういう人があまりいなかったのでたいそう所在がなかったが、留学してみて、そういう人はたくさんいるのだと知った。その人独自の趣味や強迫観念をまがまがしいものとしないでつきつめていけば、どんどんと楽になれるような感じがして、それから私はそういう、まるでむだっぽい考え事をする自分を恥ずかしく思うのをやめた。
 そうしたら、世界は突然桃色に広がったのだ。
 私のふだんいる世界は桃色で、ゆったりとした空間と奥行きがあり、空気がいくらでも吸えて、いろんなことがめくるめく勢いで広がったり閉じたりしている。
 他人と交わるとちょっとそれが狭くなるけれど、またすぐ自分の世界に戻っていけばいいから、苦痛に思わない。(P140,141)

「そうしたら楽しいだろうなあ。ずっといっしょにいて、本を読んだり、おやつを食べたりできるんだ。ドラえもんとのび太みたいに。」
「それって男同士の話なんじゃない?」
 私は言った。自分なりのロマンチックさの勢いをそがれたので、不満をおぼえて。
でも、まことくんは全然悪びれずに、うっとりと言った。
「でも、あれが僕の理想の光景なの。ふすまの前で、ふたりともざぶとんに寝転がって、いっしょにどらやきを食べながら、マンガを読んでいるでしょ?」(P150,151)

 その場所で、ともちゃんとお母さんは行き場のない難破船みたいだった。
「私は、あったかいもののほうを大切にする、ちゃんとこういうからくりを見破ることができる男の人を捜そう、絶対にいるはずだから。」
 ともちゃんはその病室のいたたまれない雰囲気を心に刻み込んだ。(P169)

「どうして私が?どうして私だけにこんなことが?」という身を裂かれるような疑問を、今日も世界中で大勢の人が発している。そう、神様は何もしてくれない。(P177)

 ただ、こういうことになったとき、その、家族の結束がかたいのがどんなにきついことか、私は思い知ったのだった。ひとりになることができなければ、いつまでも傷は生のままだ。高梨君とつきあってきたのは私だけで、この傷は私だけのものだ。それをちょっとの間だけでも、大切にしたかった。(P206,207)

 この同じ空の下に、私以外の人と仲良く暮らしている高梨君がいるということは、日に何回も私をずきっとさせた。ふたりは私が彼とするはずだったような暮らしを、しているのだろう。高梨君は彼女の荷物が重ければ持ってあげるだろうし、彼女は高梨君の好物のカレーライスを、福神漬でなくて、らっきょうを添えて、作ってあげているんだろう。
 そういうことをひとりじっくりと悲しく考えるのさえ、多分、私のリハビリだった。(P211)

 俺にとってはそのあとの世間の同情のほうがよっぽど面倒だったもの。いったい何を知っているんだ?と思ったりした。一見悲しい珍しい経験をしたっていうだけで、みんないきなり親しい人みたいにふるまうんだもの。(P213)

「いい環境にいることを、恥じることはないよ。武器にしたほうがいいんだよ。もう持っているものなんだから。君は、帰って、またいつか誰かを好きになって、いい結婚をして、お父さんとお母さんと交流を絶やさず、妹とも仲いいままで、その場所で大きな輪を作っていけばいいんだ。君にはそういう力があるし、それが君の人生なんだから、誰に恥じることもないよ。相手が君の人生からはじき出されたと思えばいい。」
「そう言われると、気が軽くなる。自分が何か間違っているからこうなったと思ってしまいそうだったから。でも、私は自分の幸せをそういうところに設定しているから、どうやっても変わることはないし、ちゃんと帰ってまた生活を始めたいと思う。」
「そうだよ、これで外に出ていこうなんて思ったら、それは傲慢っていうものだよ。世の中には、人それぞれの数だけどん底の限界あるもん。俺や君の不幸なんて、比べものにならないものがこの世にはたくさんあるし、そんなの味わったら俺たちなんてぺしゃんこになって、すぐ死んでしまう。結構甘くて幸せなところにいるんだから。でもそれは恥ずかしいことじゃないから。」(P213,214)

 返してと言ったら、もう一回会えるんだ、そう思った。
 私の顔を見て、今ごろ気持ちがゆらいでいるかもしれないし、うまくいくかも……そんなふうに思うと、希望がわいてくるのが、またみじめだった。(P222)

 家族とか、仕事とか、友達だとか、婚約者とかなんとかいうものは、自分に眠るそうした恐ろしい方の色彩から自分を守るためにはりめぐらされた蜘蛛の巣のようなものなんだな、と思った。そのネットがたくさんあるほど、下に落ちなくてすむし、うまくすれば下があることなんて気づかないで一生を終えることだってできる。
 全ての親が子どもに望むことって「できれば底の深さに気づかないでほしい」そういうことじゃないだろうか、だから、両親は今回のことを私以上に、大きくとらえているんだろう。私がここで大きく落ちていかないように、かなり心配しているのだろう。(P223)

 ここではひとりなので本を読んでも妙に文字が心にしみてくるし、悲しみで感受性が研ぎ澄まされているので、季節の変化がきらきらと手にとるようにわかった。こんなに透明できれいな秋を、私は久しぶりに味わった。(P227)

「俺にはわかるんだ。ああいう人って、ものの見方がすごくパターン化しているんだよね。あのね、ずっと家の中にいたり、同じ場所にいるからって、同じような生活をしていて、一見落ち着いて見えるからって、心まで閉じこめられていたり静かで単純だと思うのは、すっごく貧しい考え方なんだよ。でも、たいていみんなそういうふうに考えるんだよ。心の中は、どこまでも広がっていけるってことがあるのに。人の心の中にどれだけの宝が眠っているか、想像しようとすらしない人たちって、たくさんいるんだ。」(P234)(2006/08/15)



Posted by vacuumorange at 樂多Roodo! │00:22 │回應(0)引用(0)我說壓...
工具:編輯本文
Ads by Roodo! 

引用URL

http://cgi.blog.roodo.com/trackback/4982565