2009年06月16日
イラン大統領選の背景(@w荒
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イランが世界で4番目にブログが多いというのはちょこっとした秘密情報である(@wぷ
だが、投票の直前にはイランでは主要なプロバイダはネットへ全くつながらなくなった(@w荒
投票前にはムサビが勝つと思われていたが、蓋を開けると原色のアフマディネジャド大統領が圧勝したわけだが、選挙結果については疑問が呈示されており、アメリカの売電副大統領は露骨にそれを主張している(@wぷ
参考1
ぶっちゃけていえば、選挙結果は確かに投票の結果を反映しているが、革命防衛軍の肩入れによるものである(@wぷ
テレビの候補者討論番組で、アフマディネジャドは完全に異常だった。現職の大統領ともあろう者がムサビの妻のスキャンダルなどの攻撃に終始し、見事な小物ぶりどころかちょっとした精神疾患ぶりを見せ付けた(@wぷ
あの討論番組だけ見ればアフマディネジャドの勝ちは無かったといってよい。だが、最後に彼がラフサンジャニの腐敗ぶりを攻撃していたことは、この選挙結果の背後に何があるかをはっきりと見せ付けた(@wぷ
大まかにいえば、最高指導者ハメネイとアフマディネジャドの同盟がNO.2のラフサンジャニとムサビの同盟に勝ったということで、背景には革命防衛隊がいたということだ(@w荒
アメリカにテロ組織認定された革命防衛隊だが、これはナチスドイツの親衛隊と同じく、正規軍以外の武装勢力である(@w荒
革命防衛隊はそもそもパーレビー王朝のシャーに忠誠を尽くしていることを疑われた正規軍を牽制するために作られたもので、正規軍同様、最高指導者の配下にある。
イランでは大統領は単に行政のトップに過ぎず、軍の最高指揮権は宗教上の最高指導者であるハメネイにあるのだ(@w荒
さて、正規軍と革命防衛隊の規模を見てみよう(@w荒
革命防衛隊
総兵力:約12万5000人
陸軍:約10万人
空軍:4,000~5,000人
海軍:約2万人 (海兵隊:5,000人を含む) 艦艇:フリゲート3、コルベット2、小型艇1,500艇
特殊作戦部隊:約1万5,000人
民兵・義勇兵部隊
正規将兵:約9万人
予備役将兵:約30万人
正規軍
総兵力:約42万人
陸軍:約35万人
海軍:約1万8,000人(含む海兵隊2,600人)
空軍:約5万2,000人
これだけ見ても、革命防衛隊はかなりの勢力を持っていることがわかるはずだ。
また、パキスタン軍や中国軍のように、経済活動も行い、イラン経済の3分の1に関与していると言われている(@w荒
政治の世界でも、議員の3分の1が革命防衛隊のOBを含めた関係者と言われている。また、アフマディネジャド自身が革命防衛隊のベテラン兵士である。
さて、選挙で問題になるのはバスィージと呼ばれる民兵・義勇兵部隊である。現在は正規兵9万、予備役30万という陣容だが、6ヶ月前に法律が変わり、戦時には1100万程度まで増員できることとなった(@wぷ
毎年11月26日にイラン全土でバスィージの総合演習が行われるが、150万人が参加するという。この参加者が一人当たり6人ばかり若者をリクルートして1100万人の候補者にアプローチしていたということだ(@wぷ
その1100万人の票が投票の際にどこに行ったかということは火を見るより明らかだ(@wぷ
上記の通り、バスィージがイランの経済活動も支配していることを考えれば、失業率が20から30パーセントのイランでどちらに投票した方が得かは極めて明白である(@wぷ
確かにブロガーやらラフサンジャニやらムサビは都市部では強かっただろうが、国の隅々まで情報網と経済網を持つ革命防衛隊の敵ではなかったということだな(@wぷ
ラフサンジャニは革命防衛隊の初代参謀長を務めていたが、大統領時代に対米融和策を採っただけでなく、上でアフマディネジャドがテレビ討論番組で批判したように、彼自身や親族および関係者の政治的腐敗が問題となっており、革命防衛隊では人望を失っていた。
1997年に連続三選を禁じる憲法の規定に従い大統領職をハタミに譲った後、2005年に出馬したがアフマディネジャドに敗れたのも、そして今回は背後に回ってムサビを助けることになったのもそれが問題である(@w荒
これに対して現在最高指導者のハメネイはそもそもラフサンジャニより下の立場で後輩であったが、保守派と改革派の対立の中で妥協案として最高指導者になったが、それでも宗教上の地位はホッジャト・ル=エスラームに過ぎず、アヤトラでさえなかった。ハメネイはラフサンジャニとの対立を以後深め、過激な保守派へ傾斜していった(@w荒
1997年にハタミが大統領選挙で勝ったことで、ハメネイは過激な保守主義を一般国民に非難されたことになり、自らの軌道修正を行った(@w荒
つまりやや柔軟路線になったわけだが、それでもラフサンジャニとの対立は収まらなかった。
自らの虎の子の革命防衛隊を使って必死にアフマディネジャドに肩入れした結果が今回の選挙結果というものだろう(@w荒
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だが、投票の直前にはイランでは主要なプロバイダはネットへ全くつながらなくなった(@w荒
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参考1
ぶっちゃけていえば、選挙結果は確かに投票の結果を反映しているが、革命防衛軍の肩入れによるものである(@wぷ
テレビの候補者討論番組で、アフマディネジャドは完全に異常だった。現職の大統領ともあろう者がムサビの妻のスキャンダルなどの攻撃に終始し、見事な小物ぶりどころかちょっとした精神疾患ぶりを見せ付けた(@wぷ
あの討論番組だけ見ればアフマディネジャドの勝ちは無かったといってよい。だが、最後に彼がラフサンジャニの腐敗ぶりを攻撃していたことは、この選挙結果の背後に何があるかをはっきりと見せ付けた(@wぷ
大まかにいえば、最高指導者ハメネイとアフマディネジャドの同盟がNO.2のラフサンジャニとムサビの同盟に勝ったということで、背景には革命防衛隊がいたということだ(@w荒
アメリカにテロ組織認定された革命防衛隊だが、これはナチスドイツの親衛隊と同じく、正規軍以外の武装勢力である(@w荒
革命防衛隊はそもそもパーレビー王朝のシャーに忠誠を尽くしていることを疑われた正規軍を牽制するために作られたもので、正規軍同様、最高指導者の配下にある。
イランでは大統領は単に行政のトップに過ぎず、軍の最高指揮権は宗教上の最高指導者であるハメネイにあるのだ(@w荒
さて、正規軍と革命防衛隊の規模を見てみよう(@w荒
革命防衛隊
総兵力:約12万5000人
陸軍:約10万人
空軍:4,000~5,000人
海軍:約2万人 (海兵隊:5,000人を含む) 艦艇:フリゲート3、コルベット2、小型艇1,500艇
特殊作戦部隊:約1万5,000人
民兵・義勇兵部隊
正規将兵:約9万人
予備役将兵:約30万人
正規軍
総兵力:約42万人
陸軍:約35万人
海軍:約1万8,000人(含む海兵隊2,600人)
空軍:約5万2,000人
これだけ見ても、革命防衛隊はかなりの勢力を持っていることがわかるはずだ。
また、パキスタン軍や中国軍のように、経済活動も行い、イラン経済の3分の1に関与していると言われている(@w荒
政治の世界でも、議員の3分の1が革命防衛隊のOBを含めた関係者と言われている。また、アフマディネジャド自身が革命防衛隊のベテラン兵士である。
さて、選挙で問題になるのはバスィージと呼ばれる民兵・義勇兵部隊である。現在は正規兵9万、予備役30万という陣容だが、6ヶ月前に法律が変わり、戦時には1100万程度まで増員できることとなった(@wぷ
毎年11月26日にイラン全土でバスィージの総合演習が行われるが、150万人が参加するという。この参加者が一人当たり6人ばかり若者をリクルートして1100万人の候補者にアプローチしていたということだ(@wぷ
その1100万人の票が投票の際にどこに行ったかということは火を見るより明らかだ(@wぷ
上記の通り、バスィージがイランの経済活動も支配していることを考えれば、失業率が20から30パーセントのイランでどちらに投票した方が得かは極めて明白である(@wぷ
確かにブロガーやらラフサンジャニやらムサビは都市部では強かっただろうが、国の隅々まで情報網と経済網を持つ革命防衛隊の敵ではなかったということだな(@wぷ
ラフサンジャニは革命防衛隊の初代参謀長を務めていたが、大統領時代に対米融和策を採っただけでなく、上でアフマディネジャドがテレビ討論番組で批判したように、彼自身や親族および関係者の政治的腐敗が問題となっており、革命防衛隊では人望を失っていた。
1997年に連続三選を禁じる憲法の規定に従い大統領職をハタミに譲った後、2005年に出馬したがアフマディネジャドに敗れたのも、そして今回は背後に回ってムサビを助けることになったのもそれが問題である(@w荒
これに対して現在最高指導者のハメネイはそもそもラフサンジャニより下の立場で後輩であったが、保守派と改革派の対立の中で妥協案として最高指導者になったが、それでも宗教上の地位はホッジャト・ル=エスラームに過ぎず、アヤトラでさえなかった。ハメネイはラフサンジャニとの対立を以後深め、過激な保守派へ傾斜していった(@w荒
1997年にハタミが大統領選挙で勝ったことで、ハメネイは過激な保守主義を一般国民に非難されたことになり、自らの軌道修正を行った(@w荒
つまりやや柔軟路線になったわけだが、それでもラフサンジャニとの対立は収まらなかった。
自らの虎の子の革命防衛隊を使って必死にアフマディネジャドに肩入れした結果が今回の選挙結果というものだろう(@w荒
引用URL
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回應文章 
>原色の
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Posted by (@w新
at 2009年06月17日 00:14