September 4,2008

★ FXXKER FAMILY ★ JAP Ver.

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這部落格也是一模依樣低~轉變只是覺得日方網頁有些功能不錯~以後會轉向日方部落格發展~!!

Posted by real6662000 at 樂多Roodo!15:55回應(0)引用(0)

September 3,2008

かすみ ★ DRAGON PREY from ASIAGRAPH CG ART★

DRAGON PREY




かすみ

林檎飴片手に泣いていた...月読み葬の闇へ
「ねぇママは何処にいるの?」見目形 目に焼き付けて抱き締め

虫が鳴き騒めく八月の祇園坂と扇子屋
小さなこの子が望む微笑んだ五月は来ない

紙風船を空へ高くそこには涙が溢れて
紅い飴玉思い出がほら一緒に溶けて無くなる

目を覚ます 小さな泣き声が響く午前四時頃
大好きな絵本を読み寝かし付け暗闇の中 さよなら

紙風船を空へ高くそこには涙が溢れて
紅い飴玉思い出がほら一緒に溶けて無くなる
後何年で涙は終わる?日が枯れ落ちた葬の底は真実と...

そよとの風も無い真昼の十三時 彼女は無口に今も畳の下 ...繼續閱讀

Posted by real6662000 at 樂多Roodo!23:50回應(1)引用(0)『 ●SP ●』

April 11,2008

Samurai and flower in trash dump feat.GAKKIBUSHI. ★ 謡曲「紅葉狩」★

Samurai and flower in trash dump feat.GAKKIBUSHI



紅葉狩
高澤 理恵

あらすじ
美しい女たちが紅葉狩りをしている所に、鹿狩りにやってきた平維茂(タイラノコレモチ)らが通りかかった。馬をおり、静かに通り過ぎようとしたところを引き留められ、美女の舞に酔い、盃を重ねるうち、いつしか維茂は深い眠りにおちてゆく。維茂が酔い臥してしまうと、にわかに気色を変えた女たちは「夢ばし覚まし給ふなよ」と言い残してその姿を消した。やがて夢中に神のお告げがあり、維茂が目を覚ますと、女は恐ろしい鬼の姿となり維茂に襲いかかろうとしていた。維茂は神に授かった剣で悪い鬼を倒した。めでたしめでたし。という、鬼退治の話である。

戸隠鬼女紅葉伝説
<紅葉狩>に出てくる鬼とは一体なんなのであろうか。それについて考えるとき、戸隠の鬼女紅葉伝説を無視するわけにはいかない。ただし、先に紅葉伝説について一つ断っておくことがある。端戸信騎氏(『鬼女紅葉伝説考』)によれば、紅葉伝説を伝える最古の記録は『信府統記』(1724)であり、文字として残されているものとしては能<紅葉狩>のほうが先(作者・観世小次郎信光 1435~1516)であることから、あるいは能からヒントを得て、戸隠(そもそも『太平記』中、多田満仲に切られた鬼も住んでいた、いかにも鬼の住処であった)に紅葉伝説が作られたのかもしれないとされている。しかしながら、既に現在の我々には無視することの出来ないものとなっている以上、その成立事情についてこれ以上云々する事は余り意味がないので割愛する。
前置きが長くなってしまったが、その鬼女紅葉伝説の概要というのは、以下のようなものである。
――時は平安、都に上った若く美しい紅葉はたちまち京の街で評判になり、源氏の棟梁、源経基の側室となった。が、寵愛を一身に受けたため、大奥の女たちに嫉妬され、無実の罪をきせられて信濃の国戸隠に流されてしまった。
都を懐かしみながら村人たちに読み書きや裁縫を教え、病気を治してやった紅葉は、やがて村人たちにあがめられ、豪勢な暮らしをするようになる。経基の子である経若丸が成長するにしたがい、都への思いを捨てきれない紅葉は再度上京しようと決意する。しかし紅葉が都へ攻めてくるという尾ひれのついた噂はすぐ都に伝わり、帝は平維茂に紅葉軍討伐を命じた。紅葉軍と維茂軍は夏から秋にかけて戦い、最後は全山緋の衣におおわれたような美しい紅葉の荒倉山で紅葉と維茂の一騎打ちとなり、紅葉はついに維茂の剣の前に倒れる事となった。――
『北向山霊験記戸隠山鬼女紅葉退治之伝』(1886)では、紅葉は両親が第六天の魔王に願って授かった子供で、不思議な力を使い、経基の正室を呪い殺そうとしたのが露見して戸隠に流された後は荒倉山を根拠地として山賊と手を組み、様々な悪事を働いたので討伐されたとしている。

女と鬼
鬼女紅葉伝説をもとにして<紅葉狩>を考えたとき、<紅葉狩>の鬼はまぎれもなくこの紅葉が鬼と化したのであるように思われる。だがしかし、間狂言では、「平維茂という人、御狩りの為かの山に分け入り給ふを、鬼神は神通方通をもって、これをよく知りすまし、折から紅葉狩に事寄せ、大勢の美女となって紅葉の木陰をかたどり、幕うちまわし酒宴をなし、維茂を待ちかけ申すを・・・」と言っている。つまり、女が鬼と化したのではなくて、鬼が女に化けているのである。
その方向性でもとになったものを考えてみると、馬場あき子氏(『鬼の研究』)が引いておられる『大日本史』の維茂伝に、女装して旅人を誘い、さらに夜叉の面をつけて脅し、鬼の名に於いて殺害した群盗と推測してあるほうが妥当なのであろう。
しかし、と私は言いたい。そのような一貫性はこの際どうでもいい。私はやはりこの<紅葉狩>の鬼はもと紅葉であると言いたい。
女が鬼と化す能はいくつもある。<鐡輪><葵上><道成寺><黒塚>。前の三つは愛情ゆえの心理的葛藤からあるいは神の力を借りて鬼となり、般若の面を使う。<黒塚>は、<紅葉狩>と同じで、もともとは顰(しかみ)という面を使い、般若の面を使うこともある。面の演出効果で顰を使うと本性が鬼であり、般若の場合には内面的理由によって女人が変貌したものという印象が強調される。馬場氏は<黒塚>は般若の能、つまり変貌の能であると言っておられるが、私には、<紅葉狩>も孤独な地にうち捨てられた女として<黒塚>ほど内面的に深くないことは否めないが同じものがあるのではないかと思われるのである。今回使う面は顰であるが、もともと鬼とは醜(異形のもの)をあらわしてもいるので外面的なことにはこだわらないことにする。
女を「鬼」と呼んだはじめは、同じく高貴な身ながら都を落ちた女に平兼盛がおくった歌であるらしい。その都を落ちた女の兄である源重之の歌
春ごとに忘られにける埋木は花の都を思いこそやれ
これは「春つかさめしを思ひやる」歌であるし、また「高貴の血に対する誇り」が紅葉の素性から考えてふさわしいかどうかは分からないが、一度花やかな都で栄えた人の矜持というものはやはり血に宿るのではないだろうか。
“げにやながらへて憂き世に住むとも今ははや、誰白雲の八重葎茂れる宿の淋しきに、人こそみえね秋のきて、庭の白菊移ろふ色も、憂き身の類とあわれなり。”
このような山の奥で(本当にむちゃくちゃ山の奥で!!)村人に慕われて平和な暮らしに埋もれ、自分の住む世界であった都に忘れられてゆくことへの恐れ。
紅葉は自分がまだ生きているうちに死にたかったのではないか。真っ赤な血を流して。燃えさかる紅葉の下で。
○ 謡曲「紅葉狩」の概略

 平維茂(たいらのこれもち)は、大勢の従者を引き連れて、信濃国(しなののくに)の戸隠山の山中で鹿追いをしていた。その途中、一人の上臈女房(じょうろうにょうぼう)が、木陰に幕を張り屏風を立てて、大勢の侍女(じじょ)とともに、紅葉狩りの酒宴を催している場所を通りかかった。
 維茂は、山中での上臈女房らの酒宴を不思議に思いながらも、酒宴を妨げないように気遣って、馬から降りて靴を脱ぎ、道を変えて山陰の崖の道を通り過ぎようとすると、上臈女房は、一行を呼び止めて酒宴に誘った。維茂は、酒宴に誘われる理由がないことから強く辞退し、そのまま通り過ぎようとしたが、情のこもった上臈女房の言葉に心を引かれて酒宴に加わった。二人はお互いにうち解けて語らい、維茂は、盃(さかずき)を重ねて、上臈女房が「中の舞」を舞っているうちに酔い伏してしまった。
 やがて夜が更けて、雨が降り夜風の吹きすさぶ山陰で、うたた寝をする維茂一行を残して、上臈女房らはもの凄い勢いで山中に隠れてしまった。維茂が、夢の中で八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)のお告げを受けて太刀を授かり、驚いて目を覚ますと、雷火が鳴り響き強風が吹き荒れ、不思議なことに今までそこにいた女どもが、とりどりに恐ろしい鬼神の姿を現し、襲いかかってきた。しかし、維茂は、少しも狼狽(ろうばい)することなく、南無や八幡大菩薩と心に念じながら、剣を抜いて鬼女に立ち向かって、易々と討ち取ることができた。

○ 鬼女「紅葉」の伝説

 千年以上の昔、奥州会津に伴笹丸・菊世という夫婦が住んでいたが、二人の間には子供がなかった。或人から第六天魔王に祈れば子供を授かると教えられ、その教えに従って、夫婦が一心に祈ったところ女の子が生まれた。夫婦は、大変喜んでその子に呉葉(くれは)と名付けて大切に育てた。成長するに従って呉葉は、美貌も然ることながら、読み書きや和歌を作ったり琴を弾くことまで才能を発揮し、その評判は近郷まで響きわたった。
 その後、親子三人は会津を後にして京都へ上り、四条通りの外れに髪道具や履き物などを商いする小さな店を開き、呉葉は紅葉と名を改めて、琴の指南を勤めて生計を立てていた。或日の蒸し暑い夏の夕方のこと、四条河原で夕涼みをしていた源経基公(みなみとのつねもとこう)の御台所が、紅葉の調べる琴の音を聞いて大変気に入り、後日、紅葉を経基公の館の腰元として召し抱えた。
 紅葉は、館でまめまめしく仕え、遂に老女の待遇を受けるまでに出世し、紅葉の琴に対する才能は経基公の耳にも届き、或日、経基公の前で琴を弾く機会を与えられた。紅葉は、第六天魔王に晴れの舞台の成功を一心に祈りながら精一杯に琴を弾いた。琴の音に感歎し艶麗さに心を動かされた経基公は紅葉を誘った。紅葉は、これに応えて月日を経るうちに経基公の子供を宿した。こうなると紅葉は、御台所を亡き者にしてその権勢を奪おうと考え、毎晩のように妖術を使って御台所を調伏(ちょうふく)した。しかし、比叡山の大行満の律師(りっし)によって紅葉の陰謀が暴かれ、遂に、紅葉ら親子三人は、経基公によって信州戸隠に流された。
 戸隠に流された紅葉は、妖術で村人の病気を癒したり、裁縫や読み書きなどを教えたりして、村人と親しみを深めながら、しばらく平穏に生活していた。ところが、京都での楽しかった生活が思い出され、再び京都に上り、栄華を手に入れたいという欲望が募ってきた。紅葉は、噂を聞いて訪ねてきた盗賊どもを妖術をもって従えて、遠く離れた村落へ出かけては富豪の家などを襲撃し略奪・暴行の悪事を働いた。それらの悪事は、やがて世間に漏れ、紅葉は鬼女であるとの噂が広まり、遂には、その噂は京都の帝の耳にまで達した。
 時の冷泉帝は、平維茂を信濃守に任じて盗賊討伐の勅命を発した。維茂は、早速、兵総勢二百五十騎を信濃国の出浦郷に急派して本陣を構え、第一・二軍と攻撃に向かわせたが、いずれも火の雨が降り注ぎ、洪水が押し寄せるという紅葉の妖術によって退却せざるを得なかった。維茂は、北向観音に十七日間の断食の願をかけ、満願の朝に、夢枕に頂いた降魔の剣を携え、全軍を率いて盗賊討伐に向かった。
 紅葉は、維茂の攻撃に対して妖術を使おうとしたが、体は寒気だって氷のように冷えわたり、妖術を使うことができなかった。維茂が、紅葉めがけて降魔の剣を矢尻にした矢を射ると、紅葉は鬼神の姿に変化し、空中に舞い上がって維茂めがけて火焔を吹き付けてきたが、この時、戸隠奥社の神光が差し込み、それが鬼神の頭に触れると、鬼神は魔力を失って地上に落ちて、遂に維茂に討ち取られた。この時、紅葉は三十三歳であった。

Posted by real6662000 at 樂多Roodo!20:44回應(1)引用(0)『 ●SP ●』