April 12,2007

県出身患者の足跡知る施設ハンセン病施設の楽生療養院 台湾人入所者が証言 ‐ 鉄道工事で撤去へ、一部入所者から反対も

八重山毎日新聞 (2007-04-12 10:18:43)



台湾のハンセン病療養施設「楽生療養院」で、沖縄出身の入所者について証言する鄭天正さん=5日午後、台湾・台北県新荘市


 【台湾・台北県新荘市で松田良孝記者】日本統治下の1930(昭和5)年に建てられたハンセン病療養施設「楽生療養院」が鉄道工事に伴って取り壊されるのに対して、立ち退きを求められている入所者の一部が反対しており、台湾で社会問題化している。「楽生療養院」は、沖縄出身のハンセン病患者も足跡を残す施設。台湾人入所者はそのうちの1人の男性について「モリでカジキを打つ話をしてくれた」と証言した。

 証言したのは、張文賓さん(78)と鄭天正さん(76)。鄭さんは、日本統治時代に建てられた施設で生活を続けている。
 2人の証言によると、この男性患者は、戦地から沖縄に復員したあと、漁業指導のために台湾北部にある基隆市の和平島で生活していた時に感染が分かり、1950年代前半(昭和20年代後半)に入所したようだ。
 和平島は「社寮島」と呼ばれていた日本統治時代から沖縄出身の漁業者が集落をつくっていたことで知られる。

 鄭さんは、両手を広げて大きく動かしながら、「(沖縄出身の男性は)モリでカジキを打つ話をしてくれた」と証言。漁船の船首から台を長く伸ばした「突き船」によるカジキ漁のようだ。
 当時、楽生療養院の入所者は生活に困窮。鄭さんや張さんは、肉や毛皮を取るためのウサギを飼い、生活費を稼いでいた。男性も一緒にウサギを飼っていたという。
 鄭さんは「(男性は)台湾語は聞いて分かるし、話すのも片言以上だった」、「ほかの入所者の散髪もする」とも述べ、男性はほかの入所者になじんで療養生活を送っていたようだ。
 その後、男性は、沖縄から迎えに来た家族とともに楽生療養院を去り、沖縄で亡くなったという。


Posted by hansentaiwan at 樂多Roodo! │13:10 │回應(0)引用(0)日本語
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