August 1,2009

【素晴板橋一丁目】七月天_日語演講比賽

七月三十一是日本語學校一年一度的大事─演講比賽。

原本意興闌珊的,因為覺得聽的人( 全校師生 )日語程度不一、年齡不均、國家社會背景不同,要講一個有共鳴的主題的話,大半是什麼我的日本經驗談之類的,好與眾不同的我不喜歡這樣的表現方式;再不然就是介紹自己的國家、故鄉,但很可能流於「孤芳自賞」,台灣以外的人,恐怕聽了未必能想像。總之,找不到參加的理由;不!應該是我一直在找不參加的理由。

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( 參賽者:有韓國人、台灣人、香港人、台美人、韓裔澳洲人 )

就在班內選拔的前一天,我都還沒把演講稿寫好。當天一位來日本「出張」(註一)的台灣友人約了見面,想不到跟他在新宿喝了杯咖啡,回來就有了靈感。

而寫了這個題目:「為何台灣人不講台灣話?( 註二 )。也許出自大學時代參加社團後被啟蒙的意識,我以日語學校的共同經驗出發,並用簡單的語言說明了看似複雜的社會現實;盡量帶著笑容去講一個其實是悲哀的故事,被選為班上代表後,更是每天在Bichhin的要求下,苦練肢體動作及表情,為的就是要讓大家都能接受、進而理解。實在不是我的日語在短短不到一年內已經變得那麼好,演講重要的還是在有沒有想跟聽眾傳達什麼吧?這樣的精神力可以感染聽者;據學務長說,我的演說一結束,他發覺會場的氣氛變為肅靜;我自己倒是享受在演講中而沒注意到。

會後,我跟幾位年輕的韓國朋友聊,這個演講不是要講給台灣人聽的,我希望在這所學校的朋友們,大家能更深入地了解各自的背景,結果,他們都表示能理解,班上一位22歲的韓國女生說「同樣有被殖民的經驗,我們很能感同身受」;去年得到冠軍的韓國人,講的也是大題目「另一個國籍:論在日朝鮮人」,他也跟我說,聽了這段講話,他才明白班上同學為何都不願意講台灣話,他說韓國與中國也有緊張的關係,他們對中國也保持戒心,他約略知道台灣與中國的牽扯,但也一直覺得奇怪台灣人為何甘於接受殖民統治者的價值?

另外,演講原稿是十分鐘左右的文章,限於時間的關係,忍痛刪除了大半。這當中,一個一定要提的地方是,在演講比賽前,參加了一個交流會,會場上,日本人的主持人要求每個人介紹在自己的國家的語言中「謝謝」怎麼說,輪到了台灣人,誰也沒有回答,遲疑了10幾秒吧,大概大家猶豫著母國的話,是北京話還是台灣話呢?誰知道這時,有個中國人竟跟他同行的台灣朋友說了一句「台灣人卻不會講台灣話?」當場,我真是覺得很「見笑」(註三)

台灣人啊台灣人!書讀得多的,引用一些什麼虛假意識、福佬沙文主義等來抑制講母語的天性、扼殺母語權的正當性;書讀得少的相信文化買辦、統治精英的言說,沒有國語怎麼溝通?不要跟我講什麼長篇大論,這是一種尊嚴,它不是僅僅是目的,而是一種方式,一個人通過面對母語被欺壓的事實,來找回自己深為人的尊嚴與價值;有一天,被殖民地的語言也許會完全被消除、取代:如同今天非洲、中南美洲,講著西班牙語、法語、英語等。但現在還沒不是嗎?可以眼睜睜的看著幾乎等同尊嚴、身分的母語被腳踩在底下的人,怎麼跟人比pheng、競爭?會有可能達成那些「進步人士」所說的為了被壓迫者鬥爭,甚至完成國際主義的理想嗎?阿,mai眠夢阿。

追伸:這次演講,我得了最優勝賞(第一名)喔。


註一:台語,語源來自日語,出差之意。現,還被使用中。

註二:台灣歷史有其複雜性,在此所指的台灣話係指福佬話、客家話、原住民諸族語。台灣的讀者比較能理解的描述應該是,「台灣話」在這個演講中所指的是相對於1945年外來的中華民國體制帶來的「北京話」,被統治的「土生庶民」所使用的語言。

註三:見笑,kian-siau,台語。中文的不好意思、羞恥之意。

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演講稿

なぜ台湾人は台湾語を話していませんか?

ダン、ウィジ

今日の私のスピーチは台湾人にこれから、国のことを考えてほしいという気持ちと台湾以外の人に台湾のことを分かってもらいたいという気持ちを込めて話します。

日本語学校でよく聞かれるのは、ある単語を自分の国の言葉でどう言うかです。「こんにちは」は、韓国語でどう言いますか?台湾語でどう言いますか?その場合、台湾の人はたぶん「你好(ニーハァウ)」と答えます。でも、それは「中国語」です。韓国人は韓国語で話しているのではないでしょうか、どうして台湾人は台湾語を話していませんか?あるいは話せませんか。

日本に来て、一番うれしいのは自由に台湾語で話せることです。ちょっとへんでしょう?自分の国で自分の言葉を話したら、どうにかなるでしょうか?台湾では1945年以前、中国語が話せる人はほとんどいませんでした。しかし、その4年後、中国の内戦で負けた中国国民党が台湾に逃げました。中国の統治者からみると、台湾人は日本人の奴隷になってしまいました。そのため、愛国教育、反日教育、中国語教育が入りました。学校で中国語しか使えませんでした。台湾語を使ったら、罰金を払わなければなりませんでした。また、このような「犬カード」と言われるものを首に掛けさせられました。「方言を使いません、国語で話します」と書いてありました。そのせいで、大勢の台湾人はアイデンティティーが変わりました。自分自身は中国人だと考える人が多くなり、台湾語でしゃべてるは変な人、低いレベルの人、格好悪いと見られました。

僕は高校時代までその差別について、あまり知りませんでした。しかし、大学時代、ある日、クラスメートとバスケットボールをしていた時に、つい台湾語が出ました。そのとき、「人間の言葉を話せ!」と叱られました。前、本で読んだ「台湾人の悲哀」はこれなのだと気がつきました。僕は本当に(くや)しくて(うら)めしかったです、それから、ほかの人を啓蒙(けいもう)しようといろいろな活動をしましたが、ああ!やはり、一般の人を無関心にさせるのが最高の統治方法です。「自分のことしか興味がない。自分が将来出世できるかどうかが心配だ。そんな暇はない」と言う言葉がよく聞こえてきました。

1980年代後半から、中国国民党は革命を避けるために、自由化の政策をとり、政党や言論自由の禁止をやめました。確かに、人々のアイデンティティーが変わってきました。自分が台湾人だと思う人が増えていますが、中身はあまり変わりません。学校の教育は中国を中心にして続いています。また、台湾語の罰金はもう必要なくなりました。なぜなら、みんなが中国語の正統性を信じるようになって、台湾語を話さなくなってきたからです。つまり、多くの人々は独裁者が作成した価値観でそのまま生きています。民主的のようになっても、台湾語でしゃべる人は前と同じように差別されました。それでも、台湾人の国でしょうか?

最近、「海角七番」という台湾の映画のお蔭で、台湾に興味があって、台湾語の勉強を始める日本人の若者が増えているそうです。台湾人が変わらなければ、いつか台湾語がなくなってしまうかもしれません。将来は日本語を勉強するために日本に来るのではなく、台湾語のために来るかもしれません。残念ながら、外国の日本に来て、周囲のことを気にしていないため、台湾人と台湾語で話すようになりました。これから、尊厳をもって、自信をもって、台湾で台湾語を話すようになって欲しいです。少くとも、今の自分がどうしてそうなったのか、ちゃんとわかって欲しいです。

スピーチは以上です。

ご清聴ありがとうございました。よろしくお願いいたします。

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翻譯:( 台文翻譯,就先不放了 )

台灣人為何不說台灣話( 母語 )

今天我的演講是包含著這兩種心情而訴說的,一是希望台灣出身的朋友從今以後能更思考自己國家的事情,二是希望讓台灣之外的朋友們能了解我們台灣人的故事。

在日本語學校,常被問到,某個日文單字在自己的國家的語言中怎麼說,比如「こんにちは」的台灣話怎麼說、韓國話怎麼說;通常這個情形,台灣的朋友大部分會回答「你好」吧,不過,這是中國話,不了解台灣歷史的人,應該很難理解吧;韓國人不是說著韓國話嗎?為何台灣人不說台灣話?或者不會說台灣話。

其實,來日本後最高興是可以自由地說台灣話(不需考慮別人眼光),很奇怪吧!在自己的國家說自己的語言會怎樣嗎?台灣在1945年以前會說中國話的人幾乎是沒有的,但4年後,在中國內戰中被打敗的中國國民黨逃到台灣後就不同了,中國來的統治者的眼裡,台灣人已變成日本人的奴隸,為此,愛國教育、反日教育、中國語教育進入了教育體制,學校裡(公的場合)僅能講中國話,說了台灣話,是必須被罰錢的,還會被掛上稱為「狗牌」的東西,上面寫著「我不說方言、要說國語」。為此,很多台灣人的認同被改變了,覺得自己是中國人的變多了,而不說北京話、口操台語的人被看成是怪咖、沒水準的人、很俗( song )的人。

我在直到高中時代對於這樣的歧視都沒有太注意到。但,大學時代的某一天,跟同學高興地打籃球時,不小心講了一句台灣話,那時竟被這位同學以「講句人的話!」訓斥了!才驚覺,以前讀到的「台灣人的悲哀」原來是這麼回事,真得很悔恨,此後打算要做點什麼,( 因此參加了台文社 ),為了啟蒙他人作了很多活動。啊,果然最高的統治術是讓一般人( 自動地 )不關心、冷漠或無視,「我只關心自己的事,將來能否出人頭地擔心著呢,哪有那麼多閒功夫管這些!?」這樣的話語,不時縈繞在耳邊。

1980年代後期統治者為了避免人民革命的發生,採取了自由化的策略,政黨、言論自由等的禁制在法律上廢除了。的確,人民的認同也漸漸轉變,認為自己是台灣人的逐漸增加;但是這僅僅是外表,內在實在沒有改變什麼,學校的教育還是以中國為中心持續著,而台灣話的罰金已經不需要了,因為大家已經相信了中國話的正當性,不再想講台灣話了,雖具有民主的樣子了,但在自己的國家講自己的話還是像之前一樣被歧視著,這也算是台灣人的國家嗎?

最近因為「海角七號」的關係,對台灣有興趣而開始學台語的日本人好像增加了,台灣人不改變的話,什麼時候台灣話大概會不見吧,將來恐怕不是為了學日語來日本,也許是為了台灣話也說不定。很遺憾的,來了外國的日本,才能不畏他人眼光地與台灣人自由地講台灣話,從現在開始,抱著自信及尊嚴,在台灣也開始講自己的母語吧,最少最少,也請試著去了解現在的自己是為何變成這樣的?

(父母講台語、子女講中國語,子女暗自覺得父母不登大雅之堂;阿公和孫不能溝通,為了與孫子溝通,祖父為此還特意去學中國話?這難道不像是流亡國外的難民的嗎?如此卑微地被扭曲著。)


Posted by goa_bomia at 樂多Roodo! │20:58 │回應(2)引用(0)日本生活--素晴板橋一丁目
樂多分類:新聞評論 共同主題:台灣人的故事,台灣加油! 工具:編輯本文
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回應文章

そんなに中国から脱したいのですか?同じ祖先だろう?ちなみに、中国の福建省も台湾と同じ方言を使っています、台湾語を話すようになっても、台湾は中国の一部に違いない、台湾の独立は国際からも誰も認めていませんね!!!!せっかく外国に出たから、ことを言う時、もうちょっと責任感を持って話した方がどうでしょうか?
Posted by 無名 at November 3,2009 14:34

給樓上的留言
(但你連我的部落格暱稱都要盜用
真是很有那麼一點"中國風")

就是這麼想獨立沒錯。想掙脫中國的桎梏沒錯。台灣話與福建話不一樣,就如同美國語跟英國語、德語的關係,請先讀點這方面的書再來談。

國際都不承認台灣,但另一方面國際上都承認的中國卻是走到哪人人嫌惡、即使經濟力強。我看了你這篇才知道中國人多脆弱,哪有什麼泱泱大國之風?竟容不下鄰國獨立自主,而若真有大氣度,助台灣獨立,豈也不能讓台灣跟中國更友好?但你們的友好似乎就是把不同意見的人殺掉,或是洗腦,如同對待西藏、維吾爾一般。

你的論點,更見證中國派一直還停留在封建的思想,現代意義下的國家不是以血統、文化就可以框架的。建議可以讀一讀「想像的共同體」(中日文都有),以及最新中譯的「脆弱的強權」http://www.eslite.com/product.aspx?pgid=1001116171774392。
Posted by bomia at November 6,2009 16:40