December 4,2009

「文字なきラブレター」(無字的情批)という歌

今週の作文ですが、やっぱり台湾語の歌は最高!だが、歌を翻訳する事は本当に難しいですね。もっといい表現があれば、教えてくださいね。(先生は「喜びと悲しみだけなら、まだ単純だと思いますが、人間の感情には更に憎しみ、嫉妬、悔しさ、などあって複雑で、美しいとはいえないように思いませんか。また、言葉で伝えられるのは、心の一部に過ぎないとも思います。」と返事しました。)
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メールと聞いて、「文字なきラブレター」(無字的情批、1999年)という台湾語の歌を思い出した。


婆ちゃんは字が読めないのに、たくさん知識を持ってた。
稲妻は空の鍵であり、鍵であけると雨が降ると言った。
婆ちゃんは字が読めないのに、あるラブレターを持ってた。
何十年経っても開かなかった。字を書くより愛しあえと言った。
(間奏)
愛する彼は別れようとしている。孤独が最もふさわしいと言った。
一文字も残さずに過去を切り離し、それまで尽くしたのにと、一晩中泣いた。
愛する彼は別れようとしている。孤独が最もふさわしいと言った。
永遠の誓いも意義を失い、ラブレターには文字がなく、ひたむきな愛がめくらになった。
婆ちゃんのラブレターに何が書いてあるか聞くと、
恋人が愛そうとしたが勇気がなくて、文字(ラブレター)で恋をでっちあげたのさ、と言う。
(一行目から繰り返す)
恋人が愛そうとしたが勇気がなくて、文字で別れをでっちあげたのさ、と言う。
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Posted by bichhin at 樂多Roodo!21:11回應(0)引用(0)歌を歌いたい

November 29,2009

ただ車窓からの眺めを見て

 好きな人や物事は多すぎで、1つ1つ言い出すことができない。信仰を言うのは厳粛すぎ、歴史を言うのは重すぎ、文学を言うのはつむじ曲がりで、音楽を言うのは平凡すぎ、恋を言うのが世俗に媚びることになり、家族を言うのがこまごまと煩わしすぎ、技能を言って自慢と言われるのを恐れ、幸福を口にしてはなくなってしまうのを恐れる。なので、簡単なことを言うことにしよう。

  台湾にいた時、ある期間、週に二回バスに乗って新竹から授業を受けに台北へ通っていたことがある。学校が郷里まで遠くて、偶に汽車に乗って帰ったこともある。とは言え、そんなにバスや汽車に乗ることが好きなわけでなく、おまけにバスの中で変なにおいが吐き気をさせるし、汽車が高いが速く家に着くわけではないからであった。にもかかわらず、列車に乗る時、車窓からの眺めを見たら、何かを迎えるような、何かと離れるような、本当にうまく言えないいい感じがしていた。
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Posted by bichhin at 樂多Roodo!11:17回應(0)引用(0)気を晴らす

November 28,2009

外国人労働者を制限より、雇い主を制限する

正直に言えば、外国人労働者を制限することについて、考えたことはないですので、雇い主を制限することを書いて作文を出しました。多分台湾で雇い主の問題は労働者のより検討すべきだと思います。日本語先生は「台湾の外国人労働者は、台湾で家庭を持ちませんか。日本では、その子供たちの教育の問題(今は何もしていない)が、大きな問題です。」と返事しました。ちょっと勘違いかなと思っています。ところが、外国人労働者の受け入れと子供の教育問題の関係って、マイナスになったら、差別ではないのではないかと思います。
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外国人労働者の制限問題について考えれば、本当に書きにくい。台湾ではこの20年来、工業の発展と家庭看護の大幅な需要が増えたため、極めて多くの外国人労働者を受け入れてきた。フィリピン、インドネシア、タイ、ベトナムなどからの労働者が含まれている。彼らの一部分の人は既に大学を卒業したが、自国が適切な仕事を提供できないため、故郷を離れ、外国に来て働かなければならない状況を強いられ、更に満ち足りた給料を儲ける。

だが、外国人労働者の給料は、台湾人のに比べ、遥かに安値のため、たくさんの雇い主は平等に対することができず、いろいろな差別の現象を生み、男性労働者が工場の中で暴力事件を起したりこと、或いは女性労働者が雇い主に性的に侵害されたことなどの社会問題が引き起こされた。これらの問題が当然でも台湾で発生するだけではなく、資本主義社会の発展によって、各業種にいっそう競争させ、これらの開発の国家の人民が更に良い生活を求める時、家族団欒を犠牲にすることを余儀なくされる上、彼らは国外で働く時の人権問題にも直面している。
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Posted by bichhin at 樂多Roodo!23:54回應(0)引用(0)本音と建前

November 13,2009

精神的な改造

週に一回の作文ですが、先週のテーマは「必要なもの」でした。日本語先生は精神性を強調することが、国粋主義になって問題になってしまうことを心配しています。そうですね、気をつけなければならないですね。だが、今の私の日本語のレベルで、なかなかはっきり言えないので、残念!本当にまだ追いついてこないですね。もっと頑張らなければならないです。また、いつも多田さんにもっと詳しく直していただいて、心から感謝します。
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コンピューターを使ったり音楽を聞いたりする生活を抜け出せない私にとって、確かにこのようなものがなかったら、手と耳が切られるほどつらいだろう。もっとも、いつか忽ちこれらのものが身の回りから消えたら、想像はできないにしても、幸せな月日をまた送っていけると思う。言い換えれば、何でも満ち足りていると感じている私にとって、絶対必要なものはないと思う。とは言え、私はお金持ちとかお嬢様のような人間であるわけではなく、ただ満足しやすい人であるにすぎない。どうしても「必要なもの」の例を挙げたら、やはり台湾のことに関するものである。

自分たちの歴史が分かってきて以来、ずっとある夢を持っている。それは、いつか台湾の人々が心を一つにして自分の国を作り、台湾が正常な国になることである。正常な国になるというのは、政治的なことを変えるだけではなく、社会的、文化的、思想的なものを変えねばならないことであって、つまり精神的なものを改造することが必要だと思う。
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November 3,2009

文化の日と『1999年、夏、沖縄』

今日は日本の「文化の日」で学校は休みだ。この間学校に行った時いつもこの二つ歌を聞いてる。これはスッピツ(Spitz)の「大宮サンセット」とミスターチルドレン(Mr. Children)の「1999年、夏、沖縄」だ。特に私は週に何回も「埼京線」(大宮行き、川越行き)に乗って、歌を聞きながら大宮サンセットを想像してる。(そして沖縄に行きたいなあと思ってる。)農学校の時代、日本のドラマを見たきっかけで、スッピツとミスターチルドレンの歌が好きになった。今、このような歌を聞いて違う気持を持ってる。

日本では「文化の日」や「体育の日」で休暇になる。正常的国家として、日本は文化と体育を重視し、強力に推進している。台湾では、常に所謂「偉人」の死亡や誕生の記念日で休暇にして、休暇の意味はない上に、国民たちにも何ももたらせていないと思う。(とはいえ、台湾人はまだ自分の国を作らないですよね。)

日本のロックバンドは、歌の中で見つけたモノを詳しく言わなくても、せめて意識したプロセスを歌っている。また、歌を通じて地方の印象を描き出された。「大宮サンセット」と「1999年、夏、沖縄」を聞いているうちに、台湾の歌を考えてみて、陳明章と「淡水走唱團」の「流浪到淡水」や原住民の「太巴塱之歌」という歌などを思い出した。少ないですね。またあるかな~

では、大好きなミスターチルドレンの歌、「1999年、夏、沖縄」を聞いてください。

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Posted by bichhin at 樂多Roodo!15:10回應(2)引用(0)歌を歌いたい

November 1,2009

日本人大好き 台湾の謎

歴史を理解することほど難しいものはないだね。とりわけ台湾の歴史を理解することだ。「日本人大好き 台湾の謎」というビデオは二年前放送したんだが、前日見ると、つい涙が出ちゃったんだ。 

韓国の友達は理解できずに、「国民の大体が日本に対してこのように思っていますか?やはり韓国とは全然違いますよね。」と私に聞いた。長いメールで返事したが、何か、何とも言いようのない寂しい感じがしていた。

台湾人より台湾の歴史がもっと分かる日本人の友達は「『あいのり』の中では、第二次世界大戦後、日本が台湾を中国に返還した、という表現がありましたが、日本は台湾での権益をすべて放棄しただけで、日本が放棄したあとの台湾の所属については、国際法上なんら決定されていません。ここを間違うと、台湾は中国だということになってしまうので、一番気をつけなくてはならないのです。」と言った。

残念ながら、多分この事実の分かっている台湾人は数えると思うわね。


Posted by bichhin at 樂多Roodo!22:34回應(2)引用(0)記憶喪失症

フォルモサ、歴史のない島-台湾

日本語の宿題(作文)ですが、台湾の歴史を何と言っても外国人は永遠に理解できないと思います。あなたは台湾の歴史を聞かれたら、どう答えますか?

(いろんな文法が間違っていた。多田恵さんから直していただいて、ありがとうございました。)

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 「自分の国の歴史」を聞かれるたび、いつもどこから言おうか、どう言おうかと考えながら、複雑な気持に陥る。いま日本全国で上映している『台湾人生-かつて日本人だった人たちを訪ねて』というドキュメンタリー映画の中で、日本語で喋っている台湾人のおばあちゃんが言った「台湾人の悔しさと懐かしさと本当に解けない数学なんです」のようなことかなと思う。あのおばあちゃんが言ったのは日本時代の話だが、違う時代の台湾人にとっても同じことだと思う。

 台湾の歴史とは、繰り返す植民地の歴史であり、今でも植民者に統治される状況が続いているとも言える。文献によると、「台湾」(Tâi-oân;Taiwan)という名前は16世紀には台南にある地名を指したが、入れかわり立ちかわり外来者に侵入されるうちに、「台湾人」の共同体という概念が生まれ、ますます「台湾」としての一体性を持つようになってきた。昔、ポルトガル人が台湾島を「Ilha Formosa (麗しの島)」と称してから、今でも「フォルモサ」と呼ばれている。大まかに言えば、1624年以前の先史時代を除き、四百年余りの台湾の歴史は「オランダ統治時代」(1624-1662)、「鄭成功政権統治時代」(1662-1683)、「清国統治時代」(1683-1895)、「日本統治時代」(1895-1945)、「中国国民党統治時代」(1945-)など、五つの時代に分けられる。中国からの政権に長時間統治されて、20以上の原住民族が滅亡し、80%以上の台湾人は自分が漢民族であると考えている。また戦後、国民党政権によって推進された中国教育を深く受けたため、2000年に台湾人の大統領が選出されても、政権交代をしても、台湾の社会は依然として植民地の枠を抜け出していない。
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Posted by bichhin at 樂多Roodo!21:22回應(0)引用(0)記憶喪失症

October 30,2009

国語ときいて思うこと

「国語」と聞いて思うことは何か。こういう質問は台湾人の私にとって、複雑で、心のもつれのような解けない問題だ。

(一)「国語」、100点のプライド

「国語」という科目は、小学校の時、試験のたびに100点を取り、一番プライドを持っていた。中学校に入っても「国文」 の成績がよく、先生によく褒められ、将来、「国文」の先生になりたいという夢を持つようになった。

中学校を卒業し、高校に入らずに五年制の農業専門学校に入った。「国語」の授業は毎週5時間以上も行われ、やはり大好きな科目だったため、農業の分野を続けずに「中国文学科」を目指した。農学校を卒業後、編入試験を受け、大学に入り、中国文学科で勉強したのだ。

若い頃、あまり「国語」や「国文」、「文学」という概念を区別できなかったが、一つ分かったことは自分の中国への信仰心が厚かったということだ。成人して大学3年生になり、ようやく台湾文学や台湾史を読み始め、アイデンティティーが少しずつ変ってきた。「国語」とは、「言語」のことだけではなく、「思想」と「アイデンティティー」の問題も含まれるということ、即ち、政府が民衆の「頭」をコントロールするため、「国家装置」を通して「国語」を推進したということが、遅ればせながら分かってきた。

さらに二度の「国語政策」(日本語と北京語)のことに気がつくのは、大学4年生頃だった。ある日偶然新聞の文芸欄で「台湾文学」に占める割合が非常に低い「台湾語の詩」を読んで、台湾語でも文学ができるのかとびっくりして、深い感動を受けた。その後、いろいろな疑問が出てきて、大量の「台湾語文学」を勉強してから、台湾語の「文字」(漢字とローマ字)を学び始めた。

なるほど!それ以前に、家以外の場所、とりわけ学校でつい自分の母語(台湾語)を口にした時、どうして自信がなく、台湾語も話せる先生や友達から怪しい視線を向けられたのかも、ますます分かってきた。
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Posted by bichhin at 樂多Roodo!18:42回應(0)引用(0)言霊の中に